滑空する鴎のように、少女は海の上を跳んだ。
 つま先が海面に触れ、そこを蹴り、もう一歩。
 しかし三歩目は叶わず、すでに半ば沖に出ていた漁船の手前で、とうとう少女は海へ沈んだ。キリエと共に。

 海の水は、冷たかった。白い泡の乱舞の中、海中から見上げると、漁船の影は太陽を遮り、 巨大な人喰い魚のように不気味に揺らめいていた。

 キリエは力の限り腕で水をかくと、海面へ上昇した。 海面に顔を出すと、漁船がすぐ目の前にある。そこから、救命用の浮き輪が落ちてきた。 すぐさま浮き輪に掴まると、浮き輪ごと力強く引っ張られ、数分後には、漁船の甲板に引き上げられていた。

 大量に飲み込んだ海水で、激しくむせる。水を含んだエプロンとスカートは重く、口の中は塩辛い。 そんな彼女をあたふたと囲む男たちは、成程、どう見ても漁師ではない。
 彼らに構わず立ち上がり、ふらつきつつ振り返ると、遠く桟橋にミトが立っているのが見えた。

 その気になれば彼女を助けに来ることも出来るだろうが、青い瞳のワルハラ領主は、ただ静かに、佇んでいる。

 キリエは、彼をじっと見つめる。海のような瞳が何処を見ているのか、その唇が何を言っているのか、知ろうとする。

「タキオの馬鹿!」

 背後で、少女の咳き込む音と、涙声が響いた。

「一緒に行くって言ったじゃない! こんな……!」

 キリエは振り向き、彼らを睨みつけた。

 びしょ濡れで甲板に横たわる少女、彼女に胸倉を掴まれてバツが悪そうな男、そして彼らを取り巻く人々の動きが、 赤い瞳の一睨みで、一斉に止まる。
 恐ろしい沈黙の後、髪の先から滴る水滴越しに、キリエは微笑んだ。

「戻らなくて結構です。私は、あなたたちの無様な行く末を、見届けましょう」

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