袋の中身を覗き込んでいたレインは、顔を上げた。

 暗がりの中で、セムの顔は、ほとんど見えない。


 何か言わねばならない。


「……」


 何を言うべきかは、分かっている。最早胸に収まりきらない、あまりに複雑に育ってしまった感情を、言葉にするだけだ。 己の知る僅かな言葉が、この感情の全てを相手に伝えてくれるとは、到底思えない。 それでも、人間は皆、そうやって生きているのだ。自分も、皆と同じように、出来る筈だ。


「……」


 口を開く。しかし、声が出てこない。鉄条網に引っかかり、心から先へ、出ていかない。


 レインは情けない気持ちで、下を向きかけた。
 すると、ふっ、と息を吐く音がした。

 照れたような、セムの笑い声だった。

 その声で、思いがけず鉄条網が緩みそうになった瞬間、「じゃあ、また後でな」とセムは言い残し、扉を閉めた。

 どこか遠くで、羊の鳴く声が、聞こえた。

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