やがて、片方が低い声で言った。

「俺の知り合いに、ワルハラで活動している人身売買組織がいるんだ。ミトがいなくて治安は不安定になったし、 うちの『蟻』も最近不活発だから、景気が良くてさ。 あのレインって、一時ワルハラを騒がせた、『人間農場』の元家畜だろう。高く売れるぜ。 オズマには、無事送り届けましたって、言っておけばいい」

 それだけ聞けば、十分だった。

 レインはリュックを背負い直すと、静かにその場を離れた。蛇苺の花咲く日当たりの良い草地から、 コブシの花咲く木立へ入り、音を立てぬよう気をつけながら、急勾配の斜面を下っていった。 一度だけ、男たちの呼ぶ声を聞いた気がしたが、鳥の声より遠かった。

 何度か滑落した後、レインはようやく、麓の道へ降り立った。 久々に見る、アスファルトできちんと舗装された道路の真ん中に立ち、周囲を見回す。 車道だが、車が通りかかる気配はない。標識もない。当てずっぽうに、歩き出した。

 一度も休まず歩き続け、やがて、小さな定食屋を見つけた。店の前には、車が数台停まっている。 レインは最後の脚力を振り絞り、一直線に店へ入った。

「いらっしゃい」

 と大きな挨拶の、数秒後には、店内の全員が、レインを見つめていた。
 レインは臆する気持ちを置き去りにし、無言でカウンターへ突き進んだ。 カウンターに置いてあった小さな黒板―― 本日の定食の内容が書いてある――  を取ると、白墨で不格好な字を書き、目を丸くしている女将に見せた。

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[1400]



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