己の餌に過ぎない存在に、何万と囲まれ、煩わされる。 こんな苛立ちを、仲間のグールたちは、常に抱えているのだろうか、とぼんやり思う。

 しかし、こうして一度認めてしまえば、己とて、ずっと抑制していただけで、同じ苛立ちを感じ続けていた。 そんな苛立ちを、領主として恥じる気持ちも、ある。 が、それを恥じる気持ちすら、人間に植えつけられた物だ。

 人間のふりなどしなければ、グール本来の姿を晒せば、もっとずっと早く、イオキの元に駆けつけることが出来た筈だ。

 そんなことを思いながら、女王の元に赴く際の最後の寄港地である小島で、 彼は、ワルハラ政府からの嘆願を無視し、タキオと邂逅し、キリエに別れを告げた。 そして、専用艇でユーラク本土の港に着くと―― 無論、水上を走ることも出来るが、流石に距離があり過ぎた――  部下たちの前から姿を眩ませた。

 主の失踪に気づき恐慌しているであろう部下たちを尻目に、 人気のない道を選んで港町を抜け、国道から十分離れた荒野の入り口で上着を脱いだ。

 その時、恐ろしい快感が背筋を這った。

 そうやって人間の皮を一枚ずつ脱いでいく感覚は、恐ろしい。
 『東方三賢人』に植えつけられた人間的な理性は、いよいよ大きな声で己を責めたてる。幼子のように、それが酷く怖い。
 しかし同時に、快感もある。禁を破る破滅的な快感、重い衣服から解放される快感。

 いずれにせよ、最早彼に、躊躇する余裕はない。

 無人の荒野を、ミトは駆け抜けた。

--------------------------------------------------
[1420]



/ / top
inserted by FC2 system