ミトは「ありがとう」と一言言うと、老婆の横をすり抜けた。その高価な服の裾を、枯れ木のような老婆の手が掴んだ。

「私の息子と孫は、前領主ムジカに喰われました! ミト様! どうか新しい領主に代わっても、彼が市井の人間を喰わぬよう、 ユーラクに『人間農場』をお造りください! この平安を、子々孫々にもお与え下さい!」

 多くの者たちが、賛同する。
 老婆の手を振り払い、ミトは素早く、アパートの階段を降りた。

 運転手に指示を出し、議事堂へ引き返させる。到着するや否や車を降り、足早に建物の中へ入る。 秘書室の扉を開けると、秘書たちが驚いてこちらを見た。当然だろう。先に議事堂を出て行ってから、三十分も経っていない。 彼らを見渡し、ミトは静かに尋ねた。

「コジマは今日、出勤していないのだね」

「は、はい」

 ミトは頷き、目を閉じた。

 何故気がつかなかったのだろう。少し鼻を利かせれば、分かるではないか。

 薔薇纏う一対の男女神を画いた扉に隔てられた、秘書室の隣の部屋から、異様な気配がすることが。

 ミトは、領主政務室への扉を、押した。扉には、鍵がかかっていた。気の利く一人の秘書が、素早く宝石付きの鍵を差し出す。 ミトは鍵を開けると、秘書に下がるよう身振りし、一人で、部屋の中へ入った。

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