嫌でも思い出さずにはいられない。夏の夜、潜み隠れていたこの空間から、獣のように狩り立てられたこと。
セムに、嫌な思いをさせたこと。撃たれた鹿。ルツへ出した手紙。
それらは、匂いこそ生々しいが、明瞭な形を取る前に、闇と同化し消えていく。 唯一つ、闇の中に満月の如く輝き続けるのは、深い森色の瞳だ。 首を切り落とされた、彼の青褪めた顔が。雪山で再会した時の、凍りついた表情が。 『人間農場』の鉄条網越しに、初めて出会った時の、綺麗な姿が。 こんな、目蓋の裏ばかりその姿を焼きつけて、実際の己は、今だ鉄条網の切れ端に左手をかけている―― 搭の扉が軋みながら開き、レインは、漆黒の瞳を上げた。 「親父に話してきた。明日、車を出してくれるって」 こちらを覗き込んできたのは、セムだった。大きな肩をすぼめるようにして、麻袋を差し入れてくる。 「ほら、飯。それから服。お前、臭いぞ。……後で体を洗いに来いよ」 レインが藁の匂いのする袋を受け取ると、セムはしばらく押し黙っていたが、不意に、低い声で言った。 「ごめんな」 -------------------------------------------------- |