「さぞ楽しい十二年間だっただろう、イオキと共に過ごした日々は。 さぞ優越感に酔い痴れたろう、イオキが貴様だけを見つめる時は」

 ミトは青い瞳の焦点をようよう合わせ、ムジカを見た。

 かつて豪奢な生活を欲しいままにした砂漠の国の領主の姿は、見る影もなかった。 常に他者を嘲笑していたような表情は、苦痛の歪みに。高慢な雰囲気は、追い詰められた野犬のそれに。 痩せ細った体は、所々骨や内臓が飛び出し、頭から爪先まで血の樽に浸かったよう。

 鞣したような肌も艶やかな髪も血と埃の下に沈み、琥珀色の瞳だけが、今までになく輝いている。
 まるで、地球最後の夕べに沈む太陽のように、眩く。

「俺はずっと、貴様が憎かった。俺が、俺たち全員がイオキに恋焦がれていることを知りながら、素知らぬふりして、森の奥に囲い続ける貴様のことが。 どうしたら貴様からイオキを奪えるか、そんな妄執に日夜苛まれ、気が狂いそうだった。果てに、とうとう女王に召命された時には!」

 ミトは表情を変えず、攻撃の手も止めず、黙ってムジカの言葉を聞いている。

「俺が、旧き女王の最後の夫と定められていたのなら、何故、新たな女王にこんな気持ちを抱かなければならなかった?  何故こんな、不条理な苦しみを味わなければならなかった? こんな惨めな姿を晒し、負けの分かっている戦いに、挑まなければならなかった?」

 ミトの手に腸を抉られながら、顔を歪ませ、ムジカは絶叫した。

「貴様には分かるまい! ただ種族を存続させる為に産まれ、人間を喰い、人間を支配し、果てない茫漠を紛らわせるだけの生の中で、 唯一つの願いが、緑の瞳の人喰鬼と結ばれたいと言うことだった! 俺の気持ちが!」

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