口から血を吐きながら、ムジカは、己の腹を抉ったミトの腕を掴み、引き寄せた。 腸を掴んだまま、ミトの腕が、彼の腹を貫通する。 ミトの肩の骨の外れる音がしたが、更に腹を抉られるムジカの激痛は、比ではないだろう。 痛みとも怨みともつかぬ咆哮を上げながら、ムジカはそのまま、正面へ跳んだ。老木が絡み合ったような奇怪な外観の教会へ、一直線に。

 教会の鐘楼とムジカの体の間とに、ミトは押し潰された。
 背骨と肋骨が砕け、息が止まる。 その刹那、耳に押し当てられたムジカの胸から、あまりにも熱い熱、そして、鼓動が伝わってくる。嗚咽のような、噴火の前触れのような、不気味な音が。

 音はそのまま、ミトの背中から教会が崩れていく音に、変わった。己の腹からミトの腕を引き抜き、ムジカが飛び退いた。

 同時に、教会が支えていた何十戸という家の塊が、轟音と共に、ミトの上に落ちてきた。

 圧倒的な重量が、完膚なきまでにミトの肉体を叩き潰す。肉の一片、骨の一欠片まで。


 思考から鼓動まであらゆる動作が停止し、訪れた空白は、遥か昔、水の中で力尽きた時に似ていた。


 音の無い、穏やかな波の中で、六十年の時を経たミトが、瞳を閉じる。ムジカの怨嗟の叫びを反芻し、微笑む。
 何とつまらぬ怨みの台詞、陳腐な告白の台詞だろう、と。まるで、少女向けの恋愛小説のようではないか、と。

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