そう言えば、一年前『ドーナツ号』に乗ってタキオに第一都市を案内した時も、『五百の城』に領主は不在だった、 とニルノは思い出した。あの時は、ミトがユーラク領主代行を務める前だったか後だったか――

 現在も、『五百の城』にミトはいない。ユーラク領主代行を務めてからと言うもの、彼は政治議会を休みがちになった。 ただ顔を出さないだけで政務は滞りなく行っており、議会はそれに従って円滑に動いている、と言うのが政府高官たちの弁である。 実際、ワルハラの情勢が不安定になったと言う実感はない。しかし民の中には、ミトの体調不良を噂する者もいる。 もう長くないのではないか、と言う者まで。
 確かにミトは、長くて五十歳くらいまでしか生きないグールたちの中で、すでに七十歳を越している。 いつ領主の座を退いて、新たなグールに明け渡してもおかしくない。

 それならそれは、革命の好機でないか、とニルノは思う。鋼の武力で捻じ曲げなくとも、ペン先でつつくだけで崩壊するような亀裂が、 グール支配社会に生じるかも知れない。

 今が踏ん張りどころだ。我知れず、ニルノは目の奥に、力を入れる。 ロミの家族のようにグールに喰われる人間、レインのように、グールに喰われる為に生まれる人間を、無くさねばならぬ。 途方もない夢のようだが、今この世界に少なくとも一人、その夢に本気で命を賭けている人間が、いる。そして願わくば、己も。

 よし! とさらに意気込みを強め、ニルノは『ドーナツ号』を降りた。 新聞社がある通りよりももっと華やかな通りに、新聞社よりもずっと大きくて立派なテレビ局が、建っている。 妙な敵愾心を抱きつつ、ニルノは建物に乗り込み、美しい受付嬢に会議室へと案内された。

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