煙幕は、精々二メートル程までしか立ち昇らない種類の物だ。糸を掴んでぶら下がったタキオは、足元の煙を見下ろした。 ニィナのむせる声と、「姉さん!」と叫ぶナギの声が聞こえる。 鼻先で煙玉を破裂させられたニィナはすぐに動けないし、糸で救出しようにも、突然視界が遮られれば、反応が遅れるだろう。

 ほんの一瞬生じた隙に、タキオは、ナギの声がする方を睨んだ。
 思った通り、上層部は糸が少なく、彼が体を動かせる空間が十分にある。
 反動をつけ、その空間へ、一直線に飛び出した。

 糸の数本など、問題ない。脳味噌を頭蓋骨ごと消し去る勢いで繰り出された、回し蹴りの前には。

 だが

「……実のところ、貴方をずっと見ていましたからね。体のあちこちに煙幕を仕込んだのも知っていますし、 それに、視界を奪われたところで、僕はあまり困らない」

 回し蹴りがナギの頭に届く前、煙幕の中から突如、何百本という糸が、現れた。

 柳の枝が暴風の塊に絡むように、瞬く間に、タキオの体は糸に搦めとられてしまう。 驚いて引き千切る間もなく、糸は全身に巻きつき、さらに蛹のように分厚くなっていく。

「複眼なんて、オマケのような物です。僕は、この糸に触れた物なら、蠅一匹でも感知出来るのだから。
この密室は、今や僕の巣だ。巣を壊すには僕を殺すか密室を破壊するしかない。 けれど僕に近づくことは出来ないし、部屋を破壊すれば、全員が深海の塵になる。
さあ、どうします?」

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