「ボス、そろそろ交代だ」

 とヒヨが言ったとき、「助けて!」と女の悲鳴が響き渡った。

 思わずトマは、望遠鏡から目を離した。環境局手前の通りで、女が苦し気に喉を抑え、蹲っている。 即座にグレオが、望遠鏡の隣に並べてあったライフル銃に飛びつく。ヒヨが部屋から飛び出し、アパートの階段を駆け下りていく。

 人混みをかき分けてヒヨが女に近づき、話しかけている間、トマの頭には「まさか」の文字が巡っていた。 まさか、もう毒が? 否、あり得ない……
 しかし程なくしてヒヨがこちらを見上げ、肩を竦めてみせた。トマは我に返り、望遠鏡に目を戻した。

「大丈夫か?」

「ったく、ただのヒステリーだよ! あの映像のせいで、訳も分からずパニックに陥ったんだ」

 怒るヒヨの後ろで、電話が鳴る。

「誰だよ! もしもし! あ、部長……」

 ヒヨの声はすぐしおらしくなり―― と思った途端、叫んだ。

「何? アリオはすでに、オーツに登っているだって?」

 馬鹿な。トマは顔を上げ、グレオに見張りを代わらせた。そして、ヒヨから受話器を受け取った。

「どういうことです?」

 負けず劣らず緊張した部長の声が、耳に飛び込んでくる。

「たった今、ワルハラ日報の新聞記者を名乗る男から、警察に電話があった。 彼は環境局の知人を通じて、『白鬚殿下の秘密の毒薬』を所持する人物から、脅迫を受けたそうだ。 十五分以内にクレーター・テレビの中継をこちらに移すように。さもなくば、毒で第二都市の住民を皆殺しにすると――」

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