泣いている。その頬に、涙が伝っている。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよ! 思い知れよ、僕の気持ちを!  あの人を失ってどれだけ悲しかったか、あの人を奪ったお前らがどれだけ憎いか!  思い知って、息もつけないまま、死ぬまでその痛みを背負って行けよ!」

 手負いの鼠のように、突っ込んでくる。


 かかった、と冷静にトマは両手を突き出し、アリオの腕を掴んだ。背負い投げで、相手の体を放り投げる。 アリオが白目を剥いて倒れるのを確認するや否や、アイの脇を抜け、装置へ走る。

 装置を立て直し、懐から取り出したのは、水晶の瓶だった。中には液体が満たされている。 アンダー・トレインの『仙堂薬局』の老婆に調合させた、特別な液体だ。 これを装置に入れると、中の毒が反応し、全く正反対の性質を持つ物質に変化する。つまり、解毒薬となるのだ。

 すでにかなりの量の毒が市街へ降りていってしまった筈だ。一刻も早く解毒薬を作り、流さなくては。
 息を呑んでアイが見守る中、トマは瓶の蓋を開けようとした。

 と、背後から、誰かの足が伸び、トマの手を蹴った。トマの手から瓶が吹っ飛ぶ。足はそのまま、噴出装置を蹴り倒す。 装置は倒れ、ゴロゴロと枝の上を転がっていく。

 トマは急いで、瓶と装置を取ろうとした。

 しかしその刹那、肺に茨が生え出たようだった。筋肉が硬直し、動きが止まった。そして、喉奥から、激痛と共に血がせり上がってきた。

 トマが吐血し、アイが叫ぶ。
 彼らを見下ろしながら、アリオがにやにや笑う。

「どうやら、ここへ来る途中、少し毒を吸ったみたいだね」

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