実はずっと、心のどこかで考えていたことではあった。この使鎧を、彼に与えてしまって良いのか。 グールを殲滅すると言う彼の、手助けをしてしまって良いのか。 この使鎧が、あまりに危険な道のりを開く鍵となり、最終的に彼を死へ導くのではないか、と。

 五千万という法外な値段を吹っ掛けたのも、まさか用意出来まい、と高を括っているところがあった。 しかし実際用意されてしまい、断れなくなった。女手一つで子育てと親の介護をする身として、純粋に金が必要でもあったし、 何より彼の灰色の瞳を見れば、もう断れないのは明らかだった。

 日々の雑事が、傍目には平凡だが彼女自身は息もつけないような生活が、思い煩いを許さなかった。 たまに思うことがあっても、ただ仕事をしただけだ、と割り切ってきた。 それは、タキオ自身が目の前にいないからだった。 己の責任を、具体的な形で、突き付けられなかったからだった。

 しかし今まさに、彼女の造った使鎧が、彼を死地へ送っている。その様子が、全世界に中継されている。

 これ以上、見てはならない。彼女はまず、自分の子供を、安全な場所へ連れて行かねばならないのだ。 それに、家には老父が待っている。やりかけの書類仕事も片付けねばならない。晩の献立も考えねばならない。

 マリサを引っ張って、ルツはがむしゃらに歩いていった。が、途中で、女の悲鳴を聞き、思わず立ち止まった。

 環境局の事務所があり、敷地内に生えているオーツのせいで一日中薄暗い通りの、真ん中だった。 人混みの中で、年配の女が悲鳴を上げ、蹲っていた。急いでルツは人混みをかき分け、彼女の隣にしゃがんだ。

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