「大丈夫ですか?」

 女は苦し気に喉を抑えたまま、返事をしない。過呼吸だ、と、職業柄多少医学の知識があるルツは、すぐに分かった。 何か袋を、と鞄の中を探していると、近くの音楽教室から、目つきの悪い若い女が血相変えて駆け寄ってきた。

「おいアンタ、どうした?」

「過呼吸だと思うわ。何か袋を持っていない?」

「過呼吸? 毒じゃなくて?」

 毒? 何を言っているのだ。前の買い物から入れっぱなしにしていたスーパーのビニール袋をようやく発見し、 ルツは苦しむ女の口元に当てた。その間に目つきの悪い女は、傍でずっと狼狽えていた連れの男を捕まえ、詰問していた。

「じゃあ、パニックによる過呼吸なんだな?」

「ああ、多分…… 家内は神経が鋭いんだ。朝からクレーター・ルームの閉鎖騒ぎがあって、おまけに今、テレビであんな物が流れているだろう?  あんな物を見たら、男の俺でも気分が悪くなる」

 女は顔を顰め、空を仰いだ。
 患者が落ち着いてきたのを見ると、ルツは言った。

「大丈夫。落ち着いてきたわ。こういう時はさっさと家に帰って、ハーブティを飲んで寝るのが一番よ」

「全く、軍や警察は何をしているんだ」

 連れの男はブツブツ言った。

「恐ろしいテロ行為だ。前代未聞の出来事だ。ワルハラでこんなことが起きるなんて、断じて許されん」

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