冷たい水を頭から浴び、体を冷やす。速い鼓動を冷やす。上擦った呼吸は、なかなか収まらない。

「十七年前って…… 湖水地方で起きた、高級老人施設大火災事件のこと? 領主が殺したって…… だって、あれは事故だったんじゃ」

「御幸せだね。国は嘘つかないとでも思ってるわけ?」

 アリオは平坦な口調で言った。

「世に名だたる名君ミト様が、国民に嘘つくわけないって? 大量虐殺なんかするわけないって?  『人間農場』の家畜以外に手を出すわけないって? だから自分たちは安全で、何も思い悩むことなく幸福に暮らせるって?」

 アリオは、生い茂る葉の隙間から、クレーター・ルームを見下ろした。

 高過ぎて、何も見えない。六本のオーツ、中央駅と高架、水彩絵の具で掃いたような街の輪郭くらいしか。 そこで今、恐らくテレビに釘づけになっているであろう何万の人々など、見えるわけがない。

 誰も知らない。世界を変える大活劇が繰り広げられる影で、一人の若者の胸に、怒りが孤独な響きを立てて転がっていること。 その怒りが、一都市の人々を皆殺しにすることを。

「僕の言うこと信じる? それとも、国の方を信じる?」

 アリオは呟くと、アイが答えるより早く、笑い声を立てた。

「そりゃ、国だよね。こんな話、誰にしたって、信じるもんか」

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