アイに羽交い絞めにされ、転がされ、もみ合いになり、足が装置を蹴ったところで、 ようやくアリオは、奥歯に仕込んだスイッチの存在を思い出した。 スイッチを押そうと、大きく開けた口に、アイが拳を突っ込んできた。

「こんなことをしても、誰もあなたの気持ちは分からないわ!」

 アリオに噛みつかれ、悲鳴を上げながら、アイが叫んだ。

「ただ、あなたと同じ気持ちになる人間が、増えるばかりよ!」

 歯に、骨の感触がする。舌に、血の味がする。アイが泣いている。多分、手を砕かれそうなほど噛まれる痛みによる、生理的なものだろう。 その姿を映すアリオの視界も、歪んでいる。何の涙なのか、自分でも分からない。

 視界の端に、蹴り倒され、転がった噴射装置が見えた。

 アリオははっとした。

 噴射装置のランプが、点灯している。毒の噴出量を表す目盛りが、動いている。

 無色無臭の猛毒が、灰色の木肌を伝い、葉陰を縫い、ゆっくりと根元へ降りていく様が、目に見えるようだ。

 泣きながら、アリオは笑い出した。アイは、奥歯のスイッチを押させまいと必死で、気づいていない。

 アリオの笑い声と共に、『白鬚殿下の秘密の毒薬』が、クレーター・ルームにゆっくり広がっていく。

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