イオキ、とその唇が動くのを、ロミははっきり見た。


 しかし、その名が音となり、誰かの耳に届くことは、なかった。



 その名を告げる寸前、一本のナイフが、背後から女王の頸動脈に突き刺さったのだ。
 かつてシナイ山の麓で、護身用にとテクラがキリエに手渡した、折り畳み式の小型ナイフが。



 ナイフを握るのは、勿論、銀髪赤眼のメイドだ。

 驚いた表情で振り向く女王に、キリエは冷たく告げた。


「馬鹿はあなたも同じです。新たな王の名を告げ、彼の身を、ひいてはグール種の存続自体を危険に晒すつもりですか。 それとも、そんな自棄を起こす程、ミトに見捨てられたことが悲しいですか」


 そう言って、真に忠実な女中は、無情に女王の首を掻き切る。


「あなたの恋心も、グールの存亡も、人類の解放も、私にはどうでもいいことですが、 ただ、イオキ様の身を危険に晒すことは許しません」


 女王の瞳から、炎が消えていく。

 涙を流す目を見開いたまま、グールの女王は、倒れ伏した。

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