途端にロミは顔を振り上げ、ボートの縁に駆け寄った。

「タキオ…… タキオーーーッ!」

 絶叫が虚しく、果てしない海に響き渡る。

 誰の手も届かぬ深い底に、グールの女王と殲滅者を呑み込み、再び何事もなかったかのように静まろうとしている、海に。


 これが、平和な世界への道明けなのだろうか。この静けさが。


 これでグールの女王は死んだ。新たにグールが生まれてくることはない。 残った六人のグールは、例え放っておいても、いずれ全員、寿命で死ぬ。人類は大きな希望を得ただろう。

 けれど。



「幸せになんかなれないよ……」


 ロミは冷たい海の底に涙を振り零しながら、叫んだ。


「タキオがいないなら、世界が平和になったって、幸せになんかなれないよ!」



 誰も答えてくれない。誰も。


 泣いている彼女を笑わせてくれた男は、もういない。ずっと一緒に行けると思っていたのに、行ってしまった。 いつからだったからかも、分からない。その鋼色の瞳が、いつの間に、己と違う方向を向いていたのか。

 己の心を預かったまま、永遠に。

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