病院から人を呼んでこなければならない。マリサが死にかけている。ルツは足を挫いて動けない。街は混乱していて、救急車を呼ぶことも出来ない。 自分がマリサを背負って行った方が、とも思ったが、外の恐慌状態に連れ出せば、どんな不測の事態が起こるか分からない。

 ここまで走ってきた分の息も整わぬまま、レインは、スーパーの外へ飛び出した。

 病院の場所はうろ覚えだった。が、例え最短の道を覚えていたところで、とてもすぐには辿り着けないだろう。 人の波は、車道も家の敷地も構わず、溢れかえっている。逃げ惑う者に、胸を抑えて倒れる者。 「テロ」だの「ガス」だの悲鳴が聞こえてくる。あの平和なワルハラ第二都市の光景とは、とても思えない。

 倒れてくる老人を避け、泣き喚く子供を無視して進んだ。次々と人が倒れ、折り重なる中で、レインだけは、まるで平気だった。

 と、何か固い物を踏んづけ、レインはあわや転びそうになった。何か液体の入った、透明な小瓶だ。 そのまま小瓶は、道路の側溝へ転がっていく。ようよう踏み止まったレインの耳に、鋭い叫びが聞こえた。

「そいつを拾ってくれ!」

 反射的に従ってしまう程、切迫した声だった。
 レインは小瓶を掴み、振り向くと、縁無し眼鏡をかけた長身の男がこちらに駆け寄ってきた。 顔面蒼白で、唇からは血が溢れ、今にも倒れそうにふらついている。

 実際、彼はこちらに辿り着くのと同時に、膝をついた。懐で雑音を立てている機械に向かい、「瓶だ。今、回収した」と呟くと、眼鏡が顔から落ちた。

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