「大人しくしろ、テロリスト!」

 そう叫んで彼は、レインに警棒を振り下ろした。

 辛うじて避けたレインは均衡を崩し、オーツの上に転がった。そこに蹴り入れられる足に、むしゃぶりついた。 倒れてくる相手を、思いきり突き飛ばした。胸倉を掴まれた。押し返した。取っ組み合ったまま、二人でオーツの上を転がった。

 背中に傾斜を―― 枝から落ちる、と言う感覚を感じた瞬間、レインは、右手で樹皮の隆起を掴んだ。 警官にしがみつかれたままの体が、大きく反転した。左半身が、投げ出された。そこで回転が、止まった。

 折れた左手が、もげそうな程、重かった。その先では、警官が悲鳴を上げながら、宙に足を泳がせている。 レインは閉じていた目を開け、下を見下ろした。二人は樹から落ちかかっているのを、辛うじて、レインの右手一本でぶら下がっていた。

 地面が遠い。果てしなく遠い。
 今、己が左手を振り払えば、相手は落ちて死ぬ。


 レインの脳裏に、『バベルの塔』の記憶が過ぎった。 そこで過ごした時の記憶と、タキオが助けに来てくれ、そこを離れた時の記憶が。



 搭の天辺で、ミアンが、己の手の先にぶら下がった時の記憶が。

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