掠れた声、生きることを諦めきった表情、力なく離れた手。


 もしもあの時、俺が手を離さなければ、彼女は今生きていただろうか。
 俺が彼女を殺したようなものだろうか。


 否、彼女だけではない。彼女の場合は直接その死に引導を渡したから、生々しい感触が残っているだけだ。 感触も残らない命を、己は毎日散らしている。近い場所では、日々の食事で。遠い場所では、 己が『人間農場』から逃げ出したことにより不安定になった社会の犠牲で。





 そんな風に考えること自体、やはり己が人間失格の証なのだろうか。

 それとも、そう考える一方、全てどこか他人事で、さして心も痛まないことが、人間失格と言うことなのだろうか。







 他者の死に全く同情出来ない、自分が。







 全てを呑み込み無に帰す漆黒の瞳で、レインは、己の左手の先にぶら下がっている警官を見つめた。

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