装置に付いた電球が赤く光り、瓶の中身を限りなく薄めたような匂いのする気体が、装置から噴出されるのが、レインには分かった。


 口元からスカーフを毟り取り、女が呟いた。

「これで皆、助かる」

 そう言うと、大きく息を吐き、目を閉じて、力尽きたように装置に身を凭せかけた。


 レインは彼女の顔をしばらく眺めてから、枝の端まで少し歩き、そこから下を見下ろした。


 本当にこれで、マリサは助かるのだろうか。
 枝葉の間から見える街は、建物が玩具のようで、勿論人間など見えるはずもない。鼓動の弱る音も、強まる音も、聞こえるわけがない。


 ただ、震える体、ままならない呼吸、そして、彼らに死んで欲しくない、と思うレインの意識が在るだけで。



『よくやった。人々が快方に向かい出したぞ』



 と、長い長い時間の後、女の懐の無線機から、声がした。
 眼鏡の男の、声だった。


 レインは、その場に座り込んだ。


 そよ風が、汗だくの体を優しく撫でた。

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