「見るな……」

 真っ赤な唇が、醜く引き攣っている。全身の血管と筋肉が、気味悪く躍動している。 まるで、端正な顔の奥深くから、皮膚を破って飛び出そうとする何かが、いるように。

 偽りの底も穏やかな波も消え、ただひたすら相手を溺れさす海と成り果てた瞳を、イオキはじっと見つめた。

 瞳を見ていると、そこに満ちる物の名前は分からずとも、相手の言わんとしていることは、分かった。 それは、同胞を喰い殺した姿を見られたくない、と言う意味ではないこと。 それはただ単純に、緑色の瞳を嫌っているのだと言うこと。

 己を、遠ざけようとしているのだと言うこと。



 ゆっくりと、ミトのもう片方の手が、近づいてくる。それは彼の手ではない。ミトを内側から喰い破り、イオキを喰らわんとする、欲望の手だ。 白いドレスの裂け目から覗くイオキの素肌を狙って、その上に微かに残るムジカの匂いを消そうとして、猛々しく口を開ける。 涎が垂れる。窒息しそうなほど濃厚な蜜が、直接、唇から唇へ。



 イオキは身動きせず、待っていた。

 最愛の父親に、もう一度、抱きしめて欲しかった。



 しかし、懐かしい指が頬に触れた瞬間、ミトは絶叫し、その顔はひび割れた。

「僕を見るな!」

--------------------------------------------------
[1547]



/ / top
inserted by FC2 system