それでもレインはどかない。
 どうせ生きている限り終わらない絶望など、後でゆっくり味わえばいい。今はそんなものに気を取られている場合ではない。 己の存在理由などよりずっと、見失ってはならない一瞬が、訪れようとしている。

 イオキにはまだ、やや迷いが感じられる。牙を剥き身構えてはいるものの、その姿勢には躊躇いがある。 レインの背中を見て、その躊躇いはいっそう大きく揺らいでいる。

 ロミの決意は固い。迷いや躊躇いがないわけではない。しかし彼女はそれを黙殺し、踏み出すタイミングを窺っている。 だがやはり、レインが邪魔だ。気持ちと行動の、大きな障害だ。


「どきなさい」

 と、三度、彼女は言った。最初は静かな声で、そして、大きな声で。

「止められないやしないわよ! レインにだって!」



 叫ぶと同時に、ロミの瞳が、炎のように、光った。



 目にも止まらぬ速さで、ロミは突っ込んできた。砕ける勢いで地を踏み、いとも容易くレインを飛び越え、イオキの脳天に使鎧を振り下ろした。 イオキも瞬時に獣の表情となり、身を翻したが、遅かった。ロミの速さと気持ちは、イオキのそれを完全に上回っていた。

 しかし、さらにレインの方が速かった。ロミが最初の一歩を踏み出すより早く、レインは後ろを振り向き、イオキを抱き寄せた。

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