「これから行く場所は特に砂埃が酷いので、よろしければこれを……」

 コジマが差し出したのは、金糸で美しく刺繍された、青い絹のスカーフだった。彼女はそれをミトの頭にかぶせ、自分もクリーム色のスカーフを頭にかぶった。

 そうして二人が、その日最後の視察にやってきたのは、隣国栄琴(エイゴン)との国境だった。
 そこは何もない、荒野だった。エイゴンへ続く道路が一本、伸びているが、車の影は一台もない。砂埃と言うより砂嵐が吹き荒れる中、口元にスカーフを巻いた兵士が二人、銃を手に、道路に備えられたゲートを見張っていた。

「この辺りは付近の村からエイゴンへの亡命者が後を絶たない為、特に厳重に警戒しています。国境を越えようとする不審人物は、問答無用で銃殺です」

 ミトを案内した国境警備隊の隊長は、自慢気にそう言った。ミトは黙って頷いた。

 国境警備隊の視察が終わると、コジマはミトを、近くの村へ連れていった。

 何もない、村だった。崩れ落ちた粗末な漆喰の家と、僅かに生えた草以外には、何も。

 車を降りると、微かに乾いた血の匂いがした。
 コジマは言った。

「ご覧の通り、今は誰もいません。二年ほど前、この村の住人の一部が、エイゴンへ亡命する為、地下にトンネルを掘っていました」

 コジマはその場所に、ミトを案内した。村の外れに、井戸でも掘っていたような跡があった。
 ミトは掘られっぱなしになっている穴を覗き込んだ。それはまるで、黄泉へ続くかのように深く、そして、死の匂いがした。

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