クリーム色のスカーフに縁取られたその横顔は、かつてそこにあったものに向かって、優しく微笑んでいる。 「村人たちは何か良いことがあるとあそこに集まり、パーティーを開きました。母親たちはあそこでお喋りし、子供たちはあそこで凧を上げました。 苦しい毎日でしたが、あの丘にいる時だけは、皆、笑顔でした」 「……ここは」 とミトは呟いた。 「はい」 コジマは頷いた。 「私の故郷だったんです」 ミトの目蓋に、緑に覆われていた頃の丘の姿が浮かぶ。その丘の下で繰り広げられる虐殺を目の当たりにしながら、指一本動かせず、領主の後ろで立ち尽くしている彼女が。 「不思議ですね…… ムジカ様を憎む気持ちは、起きませんでした。ムジカ様は人間ではないのだから、と割り切っていたのでしょうか。 『女王』の元へ向かうあの方の後ろ姿を見た時に、本当にホッとしたんです。これでもう、死を恐怖するあの方の、哀れな姿を見なくて済む。虐殺風景を思い出さなくて済む。とにかく、何もかもが終わったのだと思って……」 強い風が吹き、ほどけかかったミトのスカーフを、コジマは器用に巻き直した。 そして、ミトをまっすぐ見つめ、微笑みながら彼女は言った。 「ムジカ様から頼まれているこの引き継ぎ処理が終わりましたら、私は秘書を辞めさせて頂きます。 私はもう…… 疲れました」 ミトは頷いた。 本当はこんな、有能な人物を手放したくはなかった。 しかし誰が、彼女を止められるだろう? 彼女は、琥珀色の瞳をしたグールによって、何もかもを失ったのだ。 スカーフを直すコジマの手は、優しかった。 ミトは、同じ手が、ムジカにスカーフを巻いている姿を、思わずにはいられなかった。 -------------------------------------------------- |