街は、光と歌に満ちている。

 街灯から垂れる、電球を水滴のように散りばめた旗。街路樹の間にぶら下がった、花籠を思わせる電飾のオーナメント。 金と銀に彩られた夜空の、一人の少年が歩いていく。少年は帽子を深くかぶり、俯いて、顔を上げようともしない。 美しく瞬く何万という煌きも、その目には一つも映らず、少年は何処にも行く当てがないような足取りで、路地の暗闇に姿を消していく。

 男と女が、ブランドショップが建ち並ぶ通りを歩いている。店を冷やかしながら、始終冗談で笑い会っている。しかし やがて、とある洋服屋の前で、女が立ち止まる。ショーウィンドウに飾られた、髑髏の柄のセーターや、黒い兎耳のついたパーカーを、 女は笑みの消えた顔でじっと見つめる。男が静かに、その肩に手を置く。

 うっすらと雪の積もった石畳の道を、今にも転びそうになりながら、男が走っていく。仕事が長引いて、恋人との待ち合わせ時間に もう一時間も遅れているのだ。ようやく、木彫りの天使の人形を飾った大きなモミの木の下に、恋人が立っているのが見えた頃には、 男の息はすっかり上がっている。ポケットの中に指輪の箱が入っているのを確かめ、男は口の中で、もう一度プロポーズの言葉を練習する。 そして息を整える暇もなく、恋人の前に到着する。

 カーテンを引いた窓越しに、街の聖歌隊の歌が聞こえてくる。部屋の隅のラジオから流れてくる陽気な歌が、それに混ざる。 仲間たちはホットワインで、早くも酔っ払っている。部屋は寒く、狭く、薄暗い。プレゼントもケーキもない。しかし、十分だ。 女は歌う仲間たちに、静かにするよう言いながら、微笑んで、眠り込んでいる兄に毛布をかける。

 とある施設では、子供たちがパーティーを開いている。大きなぬいぐるみ、ラジコン、絵本…… どの子もプレゼントをもらい、 幸せそうだ。しかし一人の少女だけは、もらったプレゼントを開けようともせず、古びた杖一本を手に、窓から外を眺めている。 ズボンのベルト通しには、黒い兎のキーホルダーがぶら下がっている。彼女がため息をつくと、窓は白く曇り、幻想的な街の明かりが、 いっそう遠くなる。

 少年はどっさりと届けられたカードを、宛名別に分けている。開くとモミの木のペーパークラフトが飛び出す物、 本物の柊で飾られた物、トナカイが引く橇、赤々と燃えた暖炉、ラッパを持った天使、無邪気に笑う子供たちのイラスト。 それらを分けているうちに、彼は、モールとスパンコールでキラキラ光るカードを見つける。差出人を見ると、その顔ににやっとした笑み が浮かぶ。外からは、聖歌隊の歌の代わりに、羊や牛の鳴き声が聞こえてくる。

 光も歌もない、完全に真っ暗な空間で、男は美しい思い出を見ている。彼は実にこの冬の祭典を、七十回以上も過ごした。が、 その中で楽しかった、と思えるものは、十回ほどしかない。その十数回は、彼にとって最も幸福な記憶だった。最愛の人と過ごした、 最も幸福な日々。しかし彼は今、全てを失い、苦痛しか存在しない時間を、無為に生きている。

 少女が真っ赤なコートを着て一人で歩いていると、黒いコートの老人が、話しかけてきた。「今日は本当は、何をお祝いする日か知っていますか?」 少女が首を振ると、老人は教えた。「今日は、遥か遥か昔、世界人類を救った救世主が生まれた日なのです」少女は微笑んだ。 「私の知り合いにも、救世主がいました」目を丸くする老人を置いて、少女は光と歌に包まれた街を、一人ぼっちで歩いていった。

 子供は眠っている。昏々と、眠り続けている。丸まったその背中を、美しい女が優しく撫でる。彼らの時間は、永遠に停止しているかのようだ。 光も歌も、ここには届かない。

 食卓には次々と、ご馳走が運ばれてくる。見るたびにいちいちマリサは歓声を上げ、レインは唾を飲む。老人は肘掛け椅子に座り、 ラジオから流れてくる音楽に合わせて頭をゆらゆらさせている。ルツが腕によりをかけた料理が、白いテーブルクロスの上に 並んでいく。ミートボールがたっぷり入ったスバゲティにグラタン、オニオンスープ、メインは銀色の大皿に光る七面鳥の丸焼き。 そして勿論その後に待つのは、真っ赤な苺の乗ったケーキだ。レインはスプーンやフォークを並べながら、七面鳥の丸焼きをじっと見る。 今日は世界中で七面鳥を食べるのよ、とさっきルツが言っていた。つまり、気の遠くなるほど大勢の七面鳥が、殺され、炙られ、 この平和な食卓に運ばれるのだ。
 今日は全ての人が幸せになる、とラジオで合唱が歌っている。全ての心に平和が訪れる、と。
 然り、然り。そして出来るなら、とレインは心の中でつけ加えた。人間以外の全ての生き物にも、幸福と平和が訪れますように。

 街の真ん中で、赤い服に白い髭を生やした老人が、ホウ、ホウ、ホウと笑った。

「メリークリスマス!」

--------------------------------------------------------------------------------------------



top
inserted by FC2 system