「ごめんね、レイン。本当に、ごめんね」

 辛そうな声で、エッダは言った。レインは首を振った。

 レインは、牧場の真ん中にある、今は使われていない、古い小屋に閉じ込められようとしていた。

 石を蟻塚の形に重ねて造られた小屋は、エッダの祖父の時代、まだ羊飼いという職業が存在していた頃の物だ。 積まれた石はところどころ崩れ落ち、上の方から漏った雨が、中の壊れた農耕機をすっかり錆びつかせている。

 レインは自ら進んで動き、農耕機を脇に寄せ、むき出しの地面に布団を敷き、リュックを持ち込んだ。それだけでもう小さな小屋の中はいっぱいになった。 布団に座り、崩れかけた石の隙間から外を見ると、すぐ目の前で、羊たちが草を食んでいた。

 レインは全く、嫌な気分ではなかった。セムの学友が『人間農場』の元『家畜』を探しに、わざわざ一泊の日程で遊びにやってくると言う以上、 自分が家の中にいられないのは分かっているし、この、牧場の一部に擬態しているような小屋も、悪くない。羊の群れを穴から眺める、野兎になったような気分だ。
 しかしエッダはしきりに、すまない、と言い続けた。そんな謝られる理由などないのに、と思いながらも、彼女の気持ちも分からないでもないので、レインは黙っていた。

「あの子らが帰ったら、すぐに出してあげるからね」

 ようやくエッダはそう言って、小屋を出て行った。粗末な木の扉が閉まり、ガチャリ、と外から鍵のかけられる音がした。

 その音で、初めてレインは、一抹の不安と、恐怖のようなものを覚えた。

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