「ここにいる皆さんは、現在、十分に幸福でしょう。少なくとも、今ここにいる瞬間、 自己を高める機会に恵まれていると言う点で、あなたたちは素晴らしく幸福です。そう思えないのなら、それはあなたたちに、 幸福を見出すだけの高尚な意思が足りないのです」

 体が熱っぽく、咳が止まらない。

 イオキは物置に敷かれた埃っぽいマットにうずくまり、頭がズキズキするのを押さえながら、聞くとも無しに、 階下に響くテッソの講義を聴いていた。

 体の弱いイオキは、季節の変わり目に、決まって体調を崩す。今回の風邪も、恐らくそれだった。 しかし、さりとてどうすれば良いのか分からない。 屋敷にいた時はベッドに寝かされ、キリエが毎朝毎晩、不思議な味のするシロップを飲ませてくれた。ミトが柔らかく噛んだ肉を 食べさせてくれた。 今は誰も看病してくれる者がいない。否、むしろ、自分が看病しなくてはならない立場なのだ。

 深呼吸を何度か繰り返し、やがて多少は頭痛がマシになったと思うと、イオキは物置を出て、向かいの台所へ入っていった。

 台所の片側のベッドには、相変わらずドニがその化け物のような巨体を横たえ、苦しげに呼吸していた。イオキは枕元に立ち、 咳き込みながら、彼の紫色になった顔を見下ろした。

 関節は痛むし、体はふらふらする。出来るなら、ドニの世話などせず、物置で寝ていたい。
 それでもここに立ったのは、彼が自分よりもずっと具合が悪く、もはや、口を利くことすら出来ない有様だからだ。

「大丈夫?」

 イオキはかすれた声で言い、彼のぶよぶよした額に、そっと手を置いた。

 静脈が網目状に浮き出た額は、灰のように乾き、そして、冷え切っていた。

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