生まれて初めて、我が子を、顔も見ず怒鳴りつけた。

「行くんだ!」

 その直後、相手の脳味噌を貫いたとき、全身が震えていたのは、同胞を殺す恐ろしさからでも、何十年ぶりかに味わう殺戮の快感が蘇ったからでも、ない。

 かつて産まれたばかりの彼を仲間と共に見守ったこと、領主就任の祝いに絵画を贈ったこと、相手の国に招かれ観劇を共にしたこと……  数は少ないながら、微笑ましい思い出が頭を過ぎったことも、ない。

 実のところ、怒りに駆られている、と言う意識すら、なかった。

 その瞬間、彼の体を支配していた激情は、そんな言葉で表せるような物ではない。
 まさに、獣の衝動だった。


 脳味噌を破壊されたくらいでグールが死なないことは、我が身がよく分かっている。
 窓から落ちていくムジカを追いかけ、跳躍した。
 宙へ身を躍らせると、まるで地獄の底へ注ぐ滝の如く流れ落ちていく赤い流砂、そこに呑み込まれていく、 素晴らしく幾何学的に整った廃墟の都、が眼下に広がった。

 が、一瞬でその光景は遮られた。

 窓の下へ落とされたムジカが、搭の足元にあった石の円蓋を蹴り、舞い戻ってきていた。顔の上半分を失ったままで。

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