長官が記事を読み上げている間、ミトは窓辺に立ち、ユーラクの首都を見下ろしていた。

 ここ一ヶ月の忙しさで頭の隅に追いやられていた、数々の出来事が、急激に鮮烈な色を帯びて目蓋に迫った。

 懐かしいワルハラの森。静かながら楽しい我が家。日々の食卓に乗る、新鮮で美味な肉。


 ――そして、イオキ。


 そう、人間農場から一人の家畜を脱走させた、張本人。


 あの子のことだけは、どれだけ仕事に忙殺されようとも、脳裏から消えたことはない。無邪気に笑う小さな顔に、何より深い、緑の瞳。 優しく、愚かな、可愛い子。――今、一体、どこにいるのだろう? 恐ろしい目に遭っていないだろうか。 あの、胸を締め付けるような声で、自分の名前を呼んでいないだろうか。

 考えると、居ても立ってもいられなくなる。

 何故自分はこんな場所で、所詮食料に過ぎない人間たちの為に、昼夜を問わず働いているのか。
 国が崩壊して、人間がいくら死のうと構わない。全てを投げ出し、イオキを探しに行きたい。 華奢な体を抱きしめ、笑顔を見たい。もう一度あの子を腕に抱けたら、きっともう二度と離さない――

「終わりました」

 コジマの声に、ミトは振り向くと受話器を取り、長官に言った。

「今からコメントを作成する。一時間後に折り返しかけるから、待機していてくれ」

 電話を切ると、からかうような声が上がった。

「大変なことになったようですな」

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