ミトの脳裏に、ムジカに関する思い出が、走馬灯のように蘇る。

 こうして共に死者への供物を囲んだことや、まだ若かった彼に、政治に関する助言をしたこと。ユーラクを訪問した 際には、貴重で美しい芸術品の数々を、ムジカ自らが説明して見せてくれたこと。

 そして、初めて赤ん坊のイオキを見せた時、皆の輪から少し外れたところで、じっとイオキを見ていたこと。


 ――君だけではなかった。ヨミネもモギもヒューゴも皆、君と同じようにイオキを見つめていた。 その中で僕はイオキを腕に抱き、どんなに、幸せだっただろう。どんなに、誇らしかっただろう。それは、決して君たちには、 こんな風にイオキを抱けまいという、優越感だった。


 イオキ。今どこにいる?  嗚呼、あの子にも食べさせてあげたい。嫌がって泣くのを優しく宥め、あの子の小鳥のような口元に、 僕の指で運んでやって。

 何故泣く必要がある? 僕たちは、グールなのに。


 ミトは立ち上がり、服の袖をまくった。

「ムジカよ。我々の愛しき同胞。君の肉は女王の中で永遠に生きる。そして君の血を受け継いだ者が、新たに生まれる。 グールは滅びない。永遠に続く我らの栄華の、君は礎の一人となる」

 葬送の言葉を唱え終わると、ほんの刹那、ミトはテーブルの上の少女を見つめた。そして、グールたちが見守る中、まっすぐ揃えた 指先を、少女の心臓へ一直線に振り下ろした。

 奇妙な沈黙。異様な熱気。獣たちの眼光。
 薄い皮膚、柔らかな肉、熱い血潮。

 そして一瞬の間を置いて、彼の足元の白い薔薇が、赤く染まった。

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