女は赤ん坊をあやしながら、自分の店先に掲げた旗を見上げた。

「この旗、私が自分で青い布に刺繍したの。今の領主様に感謝を込めて。 ……この子の父親はね、何もしていないのに、ある日秘密警察に連れて行かれて、 それきり戻らなかった。それからは税金ばかり取られて、この子のミルクにも欠く毎日で……  こんな普通な生活が送れる日が来るなんて、思いもしなかったから」

旗からコジマへ視線を戻し、女はふと顔を曇らせた。

「でも、時々不安になるの。私、難しいことはよく分からないけど、今の領主様はいずれ、ワルハラに戻るんでしょう?」

「ワルハラに戻っても、新しい領主がユーラクに来るまでは、彼の指示通りに政府が働くわ」

「でも、政府はちゃんと、領主様の指示通りに働くのかしら。前の領主の時みたいに、こっそり税金を自分たちの懐に流したり しないかしら」

 コジマは赤ん坊を見下ろした。むずかっていた赤ん坊はすっかり大人しくなり、真水を湛えたような瞳で、こちらを見つめていた。
 コジマは赤ん坊に微笑みかけ、力づけるように頷いた。

「大丈夫よ。そんなことにならないよう、あの方は手筈を整えているところだから」

女は笑った。

「良かった。じゃあ、ユーラクもワルハラのようになるのね。何て楽しみなのかしら」

 コジマも笑い返した。結局、無地の緑のスカーフを一枚買って、コジマは店を離れた。

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