「本当にありがとう」

 とルツが言うと、アイは微笑んだ。

「この人には、後でたっぷり説教しておくわ」

「いいのよ。もう、私が十分に言ったから」

 そう言うとルツは、ニルノの方へ向いた。ニルノは車から全て荷物を降ろし終え、せっせとその後始末をしているところだった。

「ニルノ」

 ルツが声をかけると、ニルノは振り向いた。

「今はこんな大騒ぎになっているけれど、いつかは収まるわ。すぐに別の、新しい話題が持ち上がって、世間の目はそちらに向くでしょう」

どう答えたものか戸惑ったような表情をして、ニルノは結局、無言で頷いた。

「人間農場に関する議論も、いずれ下火になるわ。世間の人たちは、何事もなかったように普段の生活に戻るでしょう。それは 良いことよ。皆、平和に、普通に暮らせるのが」

口を開きかけたニルノを押し留め、ルツは続けた。

「……私は、あなたがどんなに記事を書いても、タキオが傷つきながら旅しても、結局は、何も変わらないと思う。 自分を変えることすらそんな簡単ではないのに、世界を変えるのは、もっと大変でしょう。 けれど、永久不変なものなど何もないことも知っている。朽ちていく肉体を次々と使骸に取り替え、脳まで使骸にしても、 最後には心が死んで、人間は死ぬ。国家も社会も、皆同じ」

 ニルノはぽかんとした顔をしていた。

 ルツはニルノの手を取り、彼の目を見つめて、はっきりと言った。

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