プッ、と軽やかなクラクションが、答えるように響いた。

「またねー!」

 とマリサが、跳び上がりながら大きく手を振る。青空に向かって、黄色い車はどんどん小さくなっていく。

 レインは顔を前に戻し、車が丘の向こうへ消えていくのを見送った。

 もう一度顔を上げ、ルツの口から、同じ言葉が聞きたかった。だが、何となく、こそばゆかった。その代わり、彼女の言葉を、 何度も心の中で繰り返した。
 すきだからよ、すきだからよ、すきだからよ……

 レインの腹が、ぐうと鳴った。
 それを聞いたエッダが、「さあさあ」と大きな声を上げた。

「ちゃっちゃと中に入っちゃって。パンとチーズならたっぷりあるわ。それにヨーグルトもね!」

 やったあ! と歓声を上げ、マリサは勝手知ったる様子で、家の中へ駆け込んでいく。犬がくっついて、一緒に走っていく。 家畜小屋から、牛の鳴き声が聞こえてくる。ぬかるんだ地面には、名も知らぬ夏の野草が咲く。

 だんだん日差しが暑くなっていくのを感じながら、レインは遥かな丘を覆う森を眺めた。

 あの、どろどろとした喧騒から、遠く隔てられた場所にいる不思議。鉄条網を越えた先に、優しさと愛情に満ちた世界が 広がっている不思議。同じ空の下のはずなのに、鉄条網で隔てられているだけで、こんなにも世界が違うなんて。

 自分はこんなに幸せなのに、鉄条網の向こうでは、誰かが泣きながら誰かを食べているなんて。

 レインはぎゅっとリュックの持ち手を握ると、森から目を逸らした。そしてルツと老人と共に、エッダの家へ入っていった。

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