「あれ? イオキは?」

 声変わりしたばかりの若い声が、白亜のホールに木霊した。

「何で? 何でミトしか来てないの?」

「梅雨頃からずっと体調が良くないんだ」

「何それ。一日くらい、何とかならなかったの? 私、イオキに会う為だけに来たのに」

穏やかにミトが答えても、責めるような、駄々をこねるような声の調子は変わらなかった。

「この花だって、イオキにあげようと思って、持ってきたのに……」

 ミトは彼の抱えている、見事な花束を見下ろした。素晴らしく美しい薔薇だった。白い花弁の裏と縁に、薄いグリーンと濃いパープルが差して、 全体的に緑がかって見える。濃い緑の葉の縁には、オレンジ色。香りは、普通の薔薇よりずっと淡く官能的で、棘の形も美しい。

「とても美しいね。なんと言う品種なの?」

「まだ無い」

ぶっきらぼうに声は答えた。

「イオキの為に何年もかけて品種改良した花だから。名前はイオキにつけてもらおうと思って」

 それではその花は僕がイオキに渡しておくよ、とミトが手を差し出すと、ギラリ、と獣のような瞳が彼を見上げた。

「ミトは信用ならないよ。イオキを独り占めしようとしているんだもの」

ミトは軽く息を吐いた。

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