勿論、ある。いつも仕事で使う、普通よりずっと小型で高性能なビデオカメラが、腰のポシェットの中に。
 ニルノが渋々頷くのを見ると、タキオは勢い良く立ち上がった。

「よし。それなら、さっさと作戦を実行するぞ。この船が、完全に海の底に沈む前にな」

 しかし、ニルノは立ち上がるのを躊躇った。

 彼はなおも、躊躇っていた。タキオとロミと共に、行くことに。この、世界で最も美しい豪華客船を沈めることに。

 言うまでも無く、それは犯罪だ。確かに乗客は裏社会の人間ばかりだろうが、ユニコーン号の船長、船員たちは違う。 そもそも、例え如何なる大義名分があろうとも、相手が悪の組織であっても、そのことを理由に破壊行為を行うことを、ワルハラの司法は許していない。 ここでタキオに手を貸せば、自分も立派なテロリスト。下手をすれば、警察に追われる身になる。

 常識や良識。
 けれど、ニルノが腰を上げられない理由は、それらよりもっと、深いところにあった。 もっと根源的な何かが、彼を押し留めていた。


 しかしここで腰を上げなければ、タキオはロミのようにこちらを繋ぎ留めることもせず、さっさと前へ進んでいくだけだ。


 タキオもロミも、こちらに背を向け、はや歩き出している。その背中が機関部の扉を開け、明かりの中に影として浮かび上がる。

 ニルノはたまらず、腰を上げた。

 選ばれた者だけが扱える世界を救う剣を、持ち上げることすら出来ないのに、それを引き摺りながらついていく、泣き虫な少年。

 タキオやロミと共に船楼最上階へ向かう、その一歩一歩は、あまりにも重かった。

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