それなのに、言い始めると、あっという間に声が震えていった。

 駄目だ、最後まで言い切らなくては、とニルノは必死に己に言い聞かせた。全身の筋肉に力を入れ、彼は続けた。

『俺は、結婚したいと思ってる人がいる。だからもう、ここで、お別れだ』

 タキオは特に驚いた様子でもなく、いつもの平然とした表情で、ニルノを見つめていた。

 この灰色の瞳だ。自分が乗った船を輝かせていたのは。
 それなのに、いつからこの瞳を、 まっすぐに見れなくなってしまったのだろうか。いつからこの輝きの下に、他人の血と涙が塗り篭められていることを知ったのだろうか。

 ここで彼が降りてしまえば、この先の計画に大きな支障が出ることは、分かっている。それでももう戻れない。共に行くことは出来ない。

 俺は、父親やタキオや若き日の自分を裏切り、グールに喰われる人々を見捨て、恋人が待つ安寧の岸に降りることを、選ぶ。

『――そうか』

 と、やがて、タキオは穏やかな声で言った。

『分かった。今まで、色々ありがとな。お前がいなきゃ、俺はここまで来れなかったよ』

 彼は、残った左腕をニルノの前に差し出した。

 ニルノがその手を取ることが出来ず、ただ、瞬きもせずに見つめていると、タキオは言った。

『けど、今生の別れみたいな言い方しなくてもいいだろ。道が違ったって、俺たちは、またどこかで会うさ』

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