と、ボートの中から、一人の青年が手を上げた。

「いいですよ。僕が代わりましょう」

縋ってくる傍らの令嬢を宥め、青年は立ち上がった。長めの茶髪の間に赤いピアスを覗かせた、端正な顔立ちの優男だ。
 士官が制止するより早く、青年は身軽にボートから甲板に飛び移った。そして、礼も言わず代わりに乗り込もうとする老人の腕を、 ぐいと掴んだ。

 彼は低い声で、老人に何事か囁いた。
 オリザは目を細め、彼の唇の動きを読んだ。

「但し、命の代償として、そちらの双子をいただきます」

 と彼は言った。

 老人はきょとんとした顔で青年を見つめ、次の瞬間、真っ赤になって喚いた。

「ふざけるな! あれは、わしの物だぞ! わしが六億出して買ったんだ!」

「ではその六億で、自分の命を買われたらどうです?」

青年の態度は落ち着いたものだった。そして、救命ボートの中の士官へウインクしてみせた。青年のウインクを見た士官は頷き、 老人の方へ顔を向けると、これ以上待っていられない、と言った。このボートが出ないと、他のボートが下ろせない、と。

 老人が唾を吐いて喚き散らそうとしたその時、また、船が少し傾いた。大した揺れではないが、再び人々の間から悲鳴が上がる。

「分かった、分かった」

よろけて青年にしがみついた老人は、怒りの表情から一転、真っ青な顔になって青年を見上げた。

「あの双子はお前にやる」

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