イオキはすぐに行きかけようとして、ふと警官の顔を見上げた。 警官は苦しそうな表情で、こちらを見下ろしていた。イオキはマントを脱ぐと警官に差し出し、痛む唇を動かした。

「ありがとう」

涙と鼻水、痣で、すっかりぐちゃぐちゃになった顔ではにかむように笑うと、イオキは彼の返事を待たず、教室を突っ切り、階段を駆け上がっていった。

 しかし、二階までは行かなかった。イオキは途中で足を止めると、両腕で痛む体を抱くようにして、軋む階段にそっと腰かけ、 階下の会話に耳を澄ませた。

「ここは…… 塾ですか?」

「ええ。この町には学校がないものですから。子供たちは麓の学校まで、片道三時間かけて通わなくてはいけません。それを無駄と思って、 学校に行かせる代わりに採掘場で働かせる親が、あまりにも多いのですよ。このままではろくに読み書きも出来ない人間ばかりになってしまいますから、 私がここで、最低限の勉強を教えているんです」

「成る程、それは素晴らしい」

「別に」

素っ気無くテッソは言った。

「教育のない人間に、未来はありませんからね。愚かな者は、自分が不幸であることにすら気づけず、どんどん底へ転落していくばかりです」

 二人の会話を聞きながら、イオキはぼんやりと、血の出ている指を口に咥えた。

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