一人で生きていかなくてはならない――

 ――あっという間に治った傷が治っていないように見せかけながら、人の目を盗んで人肉を食べながら、名前以外は何もかも忘れた フリをしながら。
 グールであることがいつ周囲にばれるか、毎日怯えながら。

 泣いちゃ駄目、と思っても、涙はじわじわと溢れてくる。

 それでも彼の言う通り、歯を食いしばり、涙を堪えていれば、いつか、己の望む自分になれるのだろうか? 人喰いの本能から解放され、数え切れない程の 人間を食べてきた過去も消え、普通の人間として、幸せに生きていける? そんな未来が、本当に?

 テッソは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、必死に涙を拭うイオキを見下ろしていたが、やがて背を向けた。

「今夜、殺された老人の葬式がある。私は参列するが、君は来なくていい。家にいて、ドニに夕食を食べさせてやってくれ」

 そう言うと、テッソはブリキのコップに水を入れ、イオキの前に置いた。そして、部屋を出て行った。 心なしか疲れたような足取りで、扉を閉めた音も、静かだった。

「……でも」

 静まり返った部屋に、醜い肉の塊から漏れる、吐息混じりの声が響いた。

「そんな風に、自分を変えたい、と思っても、どうしても変えられない人間だって、いるよね」

 その問いかけに答える者は、誰もいなかった。

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