のんびりとザネリが言った。ユーリははっと顔を上げた。カトリが物凄い形相でザネリの背後に詰め寄り、スーラも声を上げた。

「はあ? あんた、何言ってんの? あんなガキの取引に応じなくたって、『蟻』から人出して探せばすぐ見つかるわよ」

「そうですわよ。それにこの根性曲がり、本当のことを喋るかどうか」

二人の女の喚き声を背中で受け流しながら、ザネリは言った。

「あれは私の『商品』だ。『蟻』だろうが何だろうが、他に譲る気は無い。それにイオキの行方は、ユーラクの秘密警察も追っている。 なるべく最短距離で、目標を捉えたい。それに……」

 ザネリは狐のような目に酷薄な笑いを宿し、ユーリを見た。

「こいつが大した根性の持ち主なのは、百も承知だ。嘘はつかせない。イオキが見つかるまで、私に同行してもらおうか」

 そんな、と声を上げようとした瞬間、ユーリの足が縺れた。
 後ろから、空気が―― 開いた襖から―― 流れてきたのを感じるのと同時に、 ふくらはぎを蹴られたユーリはバランスを崩し、ナイフを落として畳に崩れ落ちた。

 虫のように無様に転がるユーリの背中を、ひん曲がった枯れ木のような足が、むんずと踏みつけた。

「ざねりさんととりひきしようなんて、おまえ、良いどきょうだ」

世にも醜い顔が、黄色の乱杭歯をむき出し、にやっと笑う。

 思わず息を飲むユーリの耳に、ザネリの穏やかな、だが冷たい声が聞こえた。

「イオキが見つかったら、君を解放してやろう。タニヤのところにでも何処にでも、好きに行くがいい。
 さあ、イオキは何処に行った?」

 ユーリは唾を飲んだ。

 躊躇ったのは、ザネリやロビタに恐れを為したから、ではない。真実を言うことが、怖かったから。

 ロビタの足の下で、黒い城のようなザネリを見上げながら、掠れた声で、ユーリは呟いた。

「イオキは、海の底だ。……俺が、ボートから、海に突き落としたんだ」

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