これまで感じたことのない圧力に、身の竦むような思いをしつつも、テクラは彼女を人目につかない場所へ誘い、手を差し出した。

「キリエさん、これを」

地元のテレビ局が止めたワゴン車の後ろで、キリエは無言で、テクラの掌を見下ろす。

「護身用に…… 拳銃は弾切れが怖いし、発砲音もしますから」

髑髏の指輪が嵌った掌の中にある、折り畳み式の小型ナイフを見下ろしたまま、キリエは動かなかった。
 テクラは大きく息を吸うと、ぎゅっと目を瞑り、 開けた。

「必ずイオキ様を見つけてきます。だから、捜査に集中する為にも、持っていてください」

 テクラの渾身の視線を受け止めても、キリエはまるで動じなかった。しかし静かな動作で、ナイフを受け取った。そして言った。

「私のことなど、心配しなくて結構です」

 キリエはテクラのナイフをエプロンのポケットに入れると、踵を返し、その美しい後ろ姿はすぐ人ごみの中へ消えて見えなくなった。

 テクラはトマたちの元へ戻ると、日暮れを待った。山道入り口を封鎖しているパトカーが、交代要員を乗せて ミドガルドオルムへ向かう時間を。

 やがて二台のパトカーが、それぞれ三人の警官を乗せ、バリケードを抜けて、山道を走り出した。

「くそ、ひどい道だな」

 運転席でハンドルを握る警官が、悪態をつく。
 観光用のバスがすれ違えるよう整備された道路は 幅こそそれなりにあったが、勾配は急で、地面の凹凸もひどい。おまけに岩肌に沿って、ひっきりなしに急なカーブが続く。 お世辞にも快適なドライブとは言い難かった。

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