ユーリの視線など気にも留めず、早速手酌でワインを飲みながら、カトリは言った。 「名前何て言ったかしら…… そうそう、タニヤだっけ。あの娘まだ、ここにいるの?」 ユーリは頭巾の下の目を見開き、カトリを、穴の開くほど見つめた。まるで彼自身が、深い一つの穴になったかのような、瞳で。 「あの子は行っちまいましたよ。客に買われてね」 「そお。それは良かったわねえ」 カトリは唇からグラスを離し、満足げな息を鼻から吐いた。 「結構なことじゃないの。実の父親に散々虐待された挙句、酒代の為に、はした金で売り飛ばされて。しかも最初は、ばらされて臓器を 売られる予定だったんだから…… 実際、それよりもひどい目に遭って、犬畜生みたいに死んでいく人間がごまんといることを考えると、 ラッキーな方よね」 正面で、スーラは薄く笑った。 「死んだ方がマシだった、と本人は思っていたかもしれないですけどね」 ユーリの拳が、動いた。透明なナイフを握って、へらへらと歪んだ二つの顔に向かって振り上げて。 しかし、ユーリの視界が真っ赤に染まるその寸前、醜いもの全て、血と汗と涙と共に呑み込まれていく幻が目蓋に映るのと同時に、 背後ですぱん、と小気味の良い音がした。 -------------------------------------------------- |