イオキはちっぽけな槍を振り上げ、神に楯突いている気分だった。それでも奥歯を噛み締め、テッソから目を逸らさず、 そこから動くこともしなかった。

 その様子を見たテッソは、空いている方の手で、イオキの頬を打った。打たれるのを予測して、イオキは全身に力を篭めたが、 それでも熱で弱った体は、呆気なく横へ倒れた。それほどまでに、強烈で、一切の煩いが無い、一撃だった。

 イオキは床に倒れた。脳が揺れ、視界が銀色になる。
 そんなイオキにはまるで構わず、テッソはベッドの脇に膝をつくと、匙でスープをすくい、ベッドに収まりきらない程膨れ上がったドニの 口元へ差し出した。

「ドニ、大丈夫か。このスープを飲めばすぐに良くなる。ほら」

 その声は、優しい声ではない。横顔も、無表情と見紛うほど固い。

 けれど、その姿を床の上から見上げたイオキは、その手つき、眼差しに、確かにミトと同じ愛情が溢れているのを、見た。 病の我が子に笑顔を作り、或いは無表情を装い、内心では一刻も早く回復するよう祈る、父親の愛情を。

 張り裂けそうになる胸で、イオキはテッソへ手を伸ばした。

「父さん」

 と、その時、真綿の奥で虫が鳴くような、微かな声がした。

 テッソとイオキは、はっとして動きを止めた。

 ドニの、紫色の芋虫のような唇が、頬と顎の肉の間で僅かに開き、隙間から息が漏れた。

「父さん、僕、もう、駄目だよ」

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