「違う」

 テッソの声が、掠れた。

「そんなことない。いつか必ず、また、三人で暮らせる」

 テッソは、己の倍以上に膨れ上がった息子の手に、自分の手を重ね、きつく握りしめた。
 その眉が、厳しく吊り上がる。息子の姿を映した瞳に、涙が光る。

「そう思えないのは、お前の心が弱いからだ。今まで、私の授業を聞いてこなかったのか? どれだけ不幸な境遇に生まれようとも、 己の心次第で、人間は幸福になれるのだ」

 きつく、きつく、きつく。

 ドニは微笑み、息を吐き出した。

 ありがとう、と言ったように、イオキには聞こえた。

 風船から空気が抜けるように、ドニの巨体が、ほんの少し、萎んだように見えた。テッソは長い間、握った手に額をつけたまま 動かなかったが、やがてゆっくり頭をもたげ、手を引き抜いた。赤ん坊のようなドニの手は、力なくベッドの下に、落ちた。

 テッソは空ろな足取りで立ち上がると、音もなく、歩き出した。赤黒い沼を床に広げつつある皿が、蹴り飛ばされ、ガラン、 と反響したが、振り向きもしなかった。

 テッソが部屋を出て行くと、イオキはよろよろと立ち上がり、ドニの顔を覗きこんだ。そっとその手首に、指を当てた。

 ドニは、死んでいた。

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