その声でイオキはようやく現実に引き戻され、たちまち青くなって身を起こしかけたが、もう遅かった。

 不気味な数秒間の沈黙があり、女が震える足で、台所の入り口に立った。

「あんた、これ……」

 その手元には、赤く丸い球体が、ぶら下がっていた。
 太陽の欠片のように淡く輝く赤い光が、薄暗い部屋を、灰色に照らす。緑色の瞳に、宣告するように映る。


 蛇が人に渡した禁忌の果実、林檎の形の、オルムランプが。


「これはあたしが、祭りの夜、爺さんにやった物だよ。それがどうして、ここにあるんだい」

 赤い揺らぎと共に、女は震える声で、尋ねた。

 愚かな子供。何故さっさと処分してしまわなかった? 後悔と自責が、心拍数と共に、イオキの体内を駆け巡る。だって、下手に捨てて 人に見つけられるのが、怖かったから。壊そうとする度に、あの老人の瞳が、こちらを見つめてきたから。自分自身に言い訳しても、もう遅い。

 追い詰められた子羊のように目を見開き、赤黒い溜まりの中で震えるイオキを見て、女はぽかんとした表情で口を開いた。

「やっぱり、あんたが……」

「僕は、食べてない!」

 イオキは、奈落の底から絶叫した。

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