ナイフが空を裂く微かな音を聞きつけ、ザネリが驚いた表情を浮かべながら振り向くが、それも束の間。 屋根の上から彼に届くまでの数秒間、彼ほどの人間であれば、回避することなど容易い。

 ナイフを投げるのと同時に屋根から飛び降り、一直線にザネリの元へ突進したテクラは、一本目のナイフをかわしてがら空きになった ザネリの懐へ、サバイバルナイフを振った。

 しかしザネリは、驚くべき反射神経で、応戦した。左足が、ナイフを振ったテクラの腕とすれ違うようにして、 彼のわき腹を蹴った。ナイフの切っ先はザネリの腰をかすめ、蹴り飛ばされたテクラは後ろへ転がった。 ザネリもバランスを崩し、横へ転がった。そしてほとんど同時に、二人とも起き上がった。

「生きていたんですね」

 とナイフを構え直し、テクラは言った。わき腹は痛むが、咄嗟に自分から後ろへ引いたので、大した痛みではない。
 ザネリも大したダメージを受けた様子ではなく、飄々と言った。

「ワルハラを裏切って、エイゴンの手下になったのか」

二人の間には、テクラが蹴り飛ばされた時に落ちた、エイゴン警官の制帽が転がっている。テクラは少しムキになって答えた。

「変装ですよっ」

「成る程。そうやってミドガルドオルムに侵入にしたのか。お前一人だけだったら、崖を登ることも出来ただろうけどね。 軍と言う団体の中では、本来の能力も制限される」

 お前には随分不自由だろう、とザネリの口元が、三日月の形に吊り上った。

「それで今、こうして一人で私と対決して、良いのかな? 命令違反じゃないのか」

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