ザネリの数歩手前で、テクラは立ち止まった。 彼の頭頂部を見下ろす。随分と額が後退したな、と思う。肩幅も狭くなった。皺も増えた。 それに何より、一回り、小さくなった。 人買いザネリと袂を分かち、数年。 犯罪の世界で彼は衰え、正義の世界で自分は成長した。 その結末が、こうだ。 アンダートレインの天辺で、彼に手首を掴まれた時の、あの力強さ。初めてナイフを振った時の、あの高揚感。 イジドールで、彼が死んだ可能性を聞かされた時の、あの、体が空っぽになってしまったようなショック。 全て全て、忘れようもない。 それらに突き動かされるようにして、テクラは小さくなったザネリの背中に向かって、 ナイフを握っていない方の手を伸ばした。 「もう止めてください、ザネリさん」 決して油断したつもりなどなかった。 が、どうだろう。非現実的なまでに美しく、神秘的な空間に呑まれ、 記憶とも現実ともつかぬ感傷へ、意識が攫われてはいなかったか。 ザネリが不意に顔を上げ、テクラは、その両の目が、狡猾な狐のごとく光っているのを見た。 次の瞬間、目の前をトレンチナイフがかすめた。 その、傷ついているとは思えない、巣穴から飛び出してくる獣のような動き。そうでなくても不意を突かれたテクラは、反応が遅れた。 紙一重の差で眼球への攻撃を避けるが、大きくバランスを崩し、パイプから足を踏み外す。 咄嗟にパイプの継ぎ目に左手をかけ、ぶら下がるテクラの耳に、ザネリの足音と嘲笑が響いた。 -------------------------------------------------- |