泣きながら走るのは、苦しい。満足に呼吸すら出来ないのに、そこへ涙が詰まり、溺れそうになる。

 己の涙で溺れ死ぬか、背後から迫ってくる松明に焼き殺されるか。
 イオキは必死に岩だらけの坂道を駆け上りながら、何度も何度も、嗚咽した。裸足の足裏は岩に破れ、 血に汚れ、もはや一歩一歩足を持ち上げるのすら、千切れるような痛みを伴う。 それでも走らなくてはならない。この、澄み渡る秋夜の下を、燦然と輝く宝石を敷き詰めた道の上を、 狩人と化した群集に追われて。

 助けて、助けて、と、血の味がする息を呑みこみながら、嗚咽の合間に、イオキは何度も呟いた。

「助けて、ミト」

 オルム晶石の採掘場を通り過ぎ、目の前には、ミドガルドオルムの土地神を祀った社が近づいてきている。

 普段、社は夜になっても明かりを点けず、オルム晶石の輝きに静かに照らされていたが、今夜は何故か、周囲に篝火が焚かれていた。 斜めの十字を並べたような屋根の、一番手間、一回り大きな十字に絡みついた木彫りの蛇が、炎に照らされ、まるで本当に生きているかのような 生々しさで、こちらを見下ろしている。その瞳を見上げ、イオキはぞっとした。

 蛇神も、町の民を人喰い鬼の牙から救うべく、目を開けて待ち構えているのだろうか。だとしたら、どうすれば。

 しかしもう、引き返すことなど出来なかった。蛇神の社は町の天辺だ。 そこまで行ってしまえば、もう逃げ場はない。しかし、松明を手にした群集は、ほんの数十メートル後ろまで 近づいていている。

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